君の為に嘘を吐いた。真実ならどんなに良かったろう。


  花に嵐の例え



 ルークがたまに胸を、腕を、頭を押さえるのを知っていた。痛みを堪えるように救いを飲み込むように眉をしかめて一人で時が来るのを待っていた。大丈夫かと尋ねれば、何もなかったかのように笑って、大丈夫だとなんともないと答える。苦しかったらいつでも言っていいと、そう伝えても、苦しいことなんてない、幸せだとかわされる。本当に上手く笑うから、騙されそうになる。騙されたくなる。真実苦しくないのだと、彼が消える日はまだ遠いと、そう思ってしまいたくなる。しかしジェイドは知っていた。リミットはそう遠くないことを。彼は音素に還り、消える。その時は今も刻々と近づいていっていることを。

「ルーク、体調はどうですか」
「ん?大丈夫だよ。全然へーき!」
「そうですか・・・」
 笑う彼に苦しげな様子は一切ない。ただ胸のところでシワになった服だけがさっきまでの彼の苦痛を示すだけだ。
「ルーク、今日は嘘をついてもいい日なんですよ」
「ああ。アニスが言ってたな。あ!俺をだまそうったってそうはいかないからな!」
「だから私は今日はあなたが何を言おうと信じません」
「うん?でも俺、別にジェイドに嘘つくつもりは・・・」
「だから」
 ルークの声にかぶせるように言う。伝わるだろうか。伝わってくれるだろうか。
「あなたがどんなに弱音を吐こうが信じませんよ」
 ルークは何も言わなかった。ただジェイドを見ていた。ジェイドの言った意味を理解しているようにも見えたし、していないようにも見えた。それでもジェイドはこれ以上加える言葉を持たなかったからルークの反応をただ待った。待った。待った。

 長すぎる沈黙を破るように二人の間を風がざぁぁあっと吹き抜けた。春の風はやわらかく強くジェイドの髪を乱す。ひとつ息を吐き出すとジェイドは空を見上げた。水で溶いたような青空だった。吐き出した息に含まれていたのが安堵だったのか落胆だったのかはジェイド本人にも分からなかった。ただ春だなと思った。
「もう、春なんだな」
「え、ええ、そうですね」
 だからルークがそう言ったとき思考を読まれたかと思って少しどもってしまった。
「俺、春って結構好きなんだ。寒くないし、暑くないし。屋敷には花の咲く樹ってないんだけど、毎年春になると風に乗って何処からか飛んできてさ。あれっていったい何処から飛んできてたんだろうな」
「ルーク?」
 ルークは笑っていた。いつもより悲しげに見えたのはジェイドの勘違いだろうか。どっちでも良かった。ただこの少年を抱きしめたいと、そう思った。
「どうしてだろうな。春はまた来るのに。花があふれて、風が吹いて、こんなにも優しいのに・・・。どうして!どうして俺なんだ!俺は、みんなと春を見たかった!もう見れないんんて冗談じゃない!・・・・・・ガイにさ、紅茶を入れてもらって、ティアたちに花を贈って、ジェイドにその花について聞いたりしてさ。いっしょにあの花を見たかったのに。それだけで俺は幸せになれるのに!どうして俺なんだ・・・!苦しいよ。痛い。痛い。いたい。居たい。・・・・・・死にたくない」
 ルークの頭を抱えるようにして抱きしめる。厚い軍服では胸のあたりに冷たさを感じることはできなくて、それでもどうかシミが出来ていればいいなと思った。彼が泣いていればいい。慰めの言葉をかけることは出来なくて、言葉にすれば嘘になってしまいそうでジェイドはルークを抱えたまま再び空を仰いだ。
 そして花のことを考えた。初めて見たとき故郷に降る雪のようだと思った花のことを考えた。彼とならばあの花さえも異なる色に見えるだろう。より鮮やかに。より美しく。だから

「あなたがいないのなら春は来ません。花も咲きません。春はあなたと共にあります」

 下手な慰めと取っただろうか。拙い、くだらない嘘と思っただろうか。ルークは少し赤い目で呆れたように笑った。どちらでも良かった。

ただ春だった。春が此処にあった。